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ちおん和尚

Author:ちおん和尚
千葉県智恩寺から、今月のお話をお届けします。
あなたとのつながり、縁を大切にしたい。
ひとりじゃないこの世。大切にしたいあなたと
わたしのつながり・・。

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ブログ 智恩寺
あるがまま。その一瞬に感動を!
命の誕生。
9月からの台風騒ぎと意気消沈していた自らを3,346㎏の命に励まされていた。
先月16日、里帰り出産のため帰郷していた娘に女の子が誕生した。
午前3時24分。病院に着くや否や20数分のスピ-ド出産だった。
一番驚いたのはお父さんになった旦那様。
「こんなに簡単に生まれていいんですか?」とびっくり仰天。
その日の羽田発の一便で駆け付けた。
とても嬉しい言動に自らを振り返ってしまった。

今月のお話しの第一話に「いのちが生まれた日」と題して書いてある。
 ある日、子供にお父さんが聞いたそうです。
 父:なあ、お父さんの誕生日って何回あると思う?
 子:決まってるでしょう!一回だよ。
 父:そうかなぁ 
 子:なんでぇ お父さんの誕生日は11月27日でしょう~。
 父:う~ん。
   確かに11月27日はお父さんの誕生日だ。でもお前が生まれたときに
   お父さんと呼ばれるようになった日。
   つまり、お父さんが誕生した日でもある訳なんだ。お母さんと結婚したから
   お前もいるし、弟も妹もいる。だからさらに2回ある。
   これでお父さんの誕生日は4回あることになる訳だ。
   だからお前が人間として命を授かった日と弟や妹が生まれた日もお兄ちゃん
   としての誕生日なんだ。
   それだけに、人として人間として生まれてこれた有難さに感謝して命を大切に
   するこころを育てるんだ。
   そうしたら、草や木やお茶碗、テニスのラケットに至るまで心配りができるように
   なるよ。心配はいいが心痛はしないほうがいい。

その命に 「瑛茉(えま)」と命名された。
両親の思いは”誰よりも輝き 美しく優れ、誠実で清楚な女性に育ってほしい”という。
被災後・・・・。。
二度の台風と豪雨を続けざまにうけ、11月に入ってもこころは晴れず。
なかなか方向性が不透明な中、こころが揺れる毎日を送っている。
一方、こころ温まるお見舞いを数十人から頂いている。
こころから感謝の至りである。

台風15号の被災を受けてからのお話である。
函館のお檀家様からこんな心境のご披露を受け、感激の極みだった。
 お父さんが亡くなった時に奥村さんにお葬式をあげて頂きました。
 通夜の席でのお説教、「なるようになる心配するな」というお話が今でも忘れられません。
 心身ともに疲れ切っていたなかでのお話がス-ッツとこころが受け止めたのかもしれま
 せん。それからというものは何かにつけてはこの言葉を杖として後押ししてくれます。
 そして私は考える切欠を作ってくれました。
 私の自分だけではもったいない。私と同じ境遇の人に出会ったら是非伝えようと心掛けて
 いました。暫くしてその機会が訪れました。
 念ずれは花開くとは申せ、知人がたまたま同じ境涯にありました。
 早速、「なるようになる・・・」を話してやりました。
 真剣に聴いてくれた友人にはいまでも感謝されています。

今回の台風被災をうけてさらに
 奥村さん!顔が寂しそうだよ。
 奥村さんの一言で私、立ち直ったんだから今回の被災なんて自分のことだけでないよ。
 お檀家さんも一緒に悩んでるんだから・・。ファイト!頑張って!・・・。
 一生懸命取り組んでいればきっと誰かが助けてくれるよ。そんな姿を私にみせてくれたじゃ
 ない?私はその言動にこころ打たれたんだから・・・。

とても有難く、大切ななにかを教えてくれたお檀家様でした。
「落ちぶれて 袖に涙の掛かるとき
           人のこころのおくぞしらるる」
昔、父からの手紙の一句を思い出しました。
立石寺と松尾芭蕉
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」
松尾芭蕉が立石寺=山寺に参詣したときに詠んだ有名な句である。
去る8月17~18日に掛けて家内と立ち寄った名刹天台宗の奥の本山。
麓の泊宿に着くなりすぐさま1015段の階段に臨んだ。
外気温34℃、本堂(根本中堂)から足を階段に着かせ奥の院まで進めた。
暑さに負けじと蝉の大合唱。身体から零れる汗の粒。階段を上る切なさ。
壮大な杉群や岩山。そこに溶け込むかのような伽藍の配置。大勢の参詣者。

芭蕉の詠んだ「閑さ」とはなんだろう・・  「岩にしみ入る蝉の声」とは・・・
 
物事に熱中していると周りの音が聞こえなくなったり、
集中し、周りの声が遠くに響き、自分の周りが静かになる感覚を指すのだろう

それにもまして蝉の声が響いている、岩にまで染み込むほどの声だ。

また「閑さや」の「や」もまた魅惑の韻である。
「閑だなぁ~   」といったところか。
芭蕉は、
「奥の細道」の東北旅の中で、訪れた山寺を見て、感じたことを、精神の世界
にまで高め、それは実景と精神の世界の融合とでもいうことで評価されている
句であると某解説書は説いてる

約2時間の拝登であったが、しっかりと芭蕉の風光と立石寺の趣を肌で感じ
暑かったが、静寂の中の自分と蝉の声が季節の終わりを告げているように
感じた。今度は紅葉の時節にご縁があったら訪れたい。
六道輪廻 ~あたなは何処に~
今年も勤務先のお寺の回廊には地獄絵図が飾られていました。(7/7~7/15)
仏教には「六道輪廻(ろくどうりんね)」という教えがあります。
生きとし生けるすべての物はこの世に生まれ平等に帰って逝く。一つ一つの
生き物が死ぬとまた別の生き物として生まれ変わると謂われる。これを輪廻
と云い。そして生まれ変わる世界は、天上・人界・修羅・畜生・餓鬼・地獄と分
かれていてこれを六道と云います。

七日七日に生まれ変わり、遅くとも四十九日までにはどの世界に生まれ変わ
るかが決められると云われます。
死者は七日ごとに裁判を受けます。
初七日に秦広王(不動明王)に裁かれ、罪の決まらない者たちは、三途の川
を渡って先へ行くが、罪の深い者ほど川の深いところを渡らなければなりません。
そして渡り終えた途端に、みんな奪衣婆(たつえば)に着物を剥ぎ取られ・・・・。
二七日(ふたなのか)には初江王(釈迦如来)に裁かれます。
三七日(みなのか)には宋帝王(文殊菩薩)、四七日(よなのか)には五官王(普賢
菩薩)が、五七日(いつなのか)には閻魔大王(地蔵菩薩)に裁かれます。
閻魔大王が善い行いや悪い行いが書かれた物を読み上げると、死人は「私は
そんな悪いことはしていません。」と、ごまかそうとします。
しかし、閻魔大王の鏡には、生前の行いが全て映し出されるので、嘘をついても
すぐに解ってしまいます。
六七日(むなのか)には変成王(弥勒菩薩)、四十九日に泰山王(薬師如来)に
よって、最後の判決が下されます。

これによって六つの世界のどれかに行くことになります。
その一つが地獄ですが、他には、餓鬼・畜生・修羅・人界・天上があります。
自分ばかり美味しいものを食べていると餓鬼になって、食事をしようとすると
火になって食べられません。畜生は人間以外の動物です。修羅は争いばかり
している世界です。人界は人の世で、天上は仏さまの世界です。

一年ぶりに我が家に戻られたご先祖様。
三日間お持て成しをして、語り明かし
ましょう。罪深き我が身我が心を問いかけられるのもお盆の大切な行いでしょう。
あるもの、ないです。
北海道新聞卓上四季に掲載されていたコラムを拝借する。
「堪忍袋の緒」や「左うちわ」、「口車」や「地獄耳」、「転ばぬ先の杖」・・・。
そんな緒やうちわや車や耳や杖・・・ あったら見てみたいのは私だけだろうか。
いわゆる「ないもの、あります」の反対語とでもいいましょうか。

このコラムをみて早速その本を発注したがまだ手に入っていないので確信がなく説得力に
欠けるがお許しいただきたい。書いていて要らぬ想像が頭を巡るのである。
kラムはさらに続く。
「どさくさ」は、人間そっくりで丈が高く密生する草。
煩わしいことがあったとき、何千本もの「どさくさ」が現れて取り囲んでくれるので
紛れて逃げ出される・・・・・・。

大分前にそんなことを思ってか実家で両親を交えて食卓を楽しくしたことがある。
それは・・ 「かまいたち」という言葉である。

改めて辞書で調べてみると『鎌風ともいう。道などを歩いているとき、突然鎌で切られたような
傷を受ける怪異現象の一つ。出血もなく、痛みも感じない。』とある。

「かまでイタチを懲らしめる」とか「かまとイタチは相反する?事柄だから」だとか、夕餉の
食卓は収拾がつかなくなってしまった。
そこにタイミングよく父親が辞書のことを知ってか冗談を交えながら語ったことが懐かしい。

函館は今月お盆である。お盆なのにお盆のお話をせず申し訳なく思っている。
はやくその本の到着が待ち遠しい。