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ちおん和尚

Author:ちおん和尚
千葉県智恩寺から、今月のお話をお届けします。
あなたとのつながり、縁を大切にしたい。
ひとりじゃないこの世。大切にしたいあなたと
わたしのつながり・・。

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ブログ 智恩寺
あるがまま。その一瞬に感動を!
絶対・・?
平昌オリンピックも終わり、残すはパラリンピックのみとなりました。
金メダル4個 銀メダル5個 銅メダル4個 素晴らしい成績を残しました。
すべての選手の方々、ご苦労様でした。

また、色々な言葉、思いが行き交いました。
「そだね~」「・・・・かい」「ナイッス!」「レジェンド」などなど・・。
特に気になったのが「絶対王者」「絶対女子」。

はてさてこの「絶対」に違和感を感じるのは私だけだろうか・・・。
辞書で調べると
 絶対(的)とは、他の何物とも比べようもない状態・存在であるさま
 相対(的)とは、他との関係において成り立つさま。また、他との比較の上に
 成り立つさま
他の何物とも・・・ 恐ろしい事です。
その基準には、誰が、いつどこで評価しても変わらないものとも書いてありました。

禅の心持に「覚知に交わるは証則にあらず」と開祖道元禅師様は仰っています。
真実を得たとか、素晴らしい境地だ、などと覚知するならばそれは本当の坐禅では
ないと一喝されています。

そのことを私風に解釈しますと「意識したものには本物はない」と理解しています。
当人にとってはその境地であろうと思いますし、そうであってほしいのです。
あまり世間様がはやし立てるので潰されてしまいそうになるときもありましょう。
所謂、「相対的絶対」でありたいものですね。 如何でしょうか。
父母の役目、役割。
慈悲という言葉があります。よく一つの熟語として用いられますが、実は「慈」と「悲」とは
全く違う内容を意味しています。
経典には「慈は与楽、悲は抜苦」と説明しています。
所謂、「相手に喜びや楽しみを与えること」がであり、「相手の苦しみや悲しみを除いて
あげること」がであるという訳です。

世間では、男女同権(平等)が社会の隅々まで行き渡り、男性に育児休暇まで与えられる
ようになってくると、はたして父母の役目役割をきっちりと分けること自体が適当なのか
どうかは別問題ですが、いまのところ、子どもを生むのは母親ですから、ある程度は両者の
違いを認めてもいいのではないのかもしれません。。
 *役目とは役として成しとげなければならない仕事。役としての勤め。
  役割とは役目を割り当てること。また、割り当てられた役目。 社会生活でその人の地位や
  職務に応じて遂行しているはたらきや役目。役目は役割に比べて仕事の成果をも含んで
  用いることも含んでいる。
私は両者の違い、役目役割をきっちりと分ける事も必要であると思います。

そこのところの理解があり、蟠りが除かれると
「喜びは分け合うと倍になり、悲しみは分かち合うと半分になる」ということになるでしょう。
さらに「恩」という文字を重ね合わせると「父に慈恩あり 母に悲恩あり」となりましょう。
「親の恩は海よりも深く、山よりも高い」「父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深い」
と云われた所以であると思います。
消えつつあるこの諺、今一度考えてみたら如何でしょうか。
節分にこころの鬼を追い出して、仏迎えて主人(あるじ)となそう!
『悩みは人生の転機である。 人間の信仰心の生まれる時である』
日頃厚意にしている東京の方からの心情と回顧の綴りをいただきました。
そっくりそのまま紹介します。
 
 本の中のこの言葉に出会い、ふと昔のことを思い出しました。
 9歳の時、弟を生んだ母の産後が思わしくなく、母も何を思ったのか
 私を枕元に呼んで遺言らしきことを云うのです。
 9歳の子には受け入れがたい事で泣きました。できる事は、神仏に祈る
 ことだけ・・・。「神様、母を助けてください・・」と。 ドラマのようですが
 本当の話です。その祈りが聞かされたのか、母は助かりました。
 それ以来、いつも神仏のことが頭をかすめ、祈るようになりました。
 大人になるにつれて忘れていたのですが、今思えば私の信仰心は
 その時に生まれたのだと思います。
 その後は大きく道を踏み外すこともなく、今の暮らしに辿り着きました。
 今が幸せなのは、その時に信仰心が芽生えたお陰なのかもしれません。
 母からの大きなプレゼントでした。
 また、母も小さいときから苦労して育ったと聞いています。父が亡くなった
 のち、朝晩神仏に手を合わす姿を見せてくれました。
 朝は、まずお仏壇にご飯を供え、神棚の水を取り替え、それから朝食でした。
 毎日、毎日、お線香のたなびく中での食事は、何かに守られている気持ちで
 心地よかったです。
 母にも悩みのなかで信仰心が生まれたのでしょう。晩年は幸せでした。
 「試練は成長のチャンス」を信じれば、悩みも何かを気付かせてくれる
 チャンスなのかもしれませんね。
                               Y氏95歳 男性
お彼岸です。
『人の振り見て我が振り直せ』
若いころ先輩からよく謂われた言葉です。
自らの確認だと思います。
所作言動に気配り心配りをせよ!という事だと思います。
差もすればどうしても自分勝手になりがちな我が身美我が心・・・・。、

ある会社の受付をしている方から聞いたことがある。
この「人のふり見て我がふり直せ」を思いだすことがあるという。
それは、個人経営の病院へ行ったときのこと。
個人経営の病院は院長の考え方次第なので対応にバラエティーがあるという。
中には『患者=顧客』という意識の薄い人がいるのかもしれない。もちろん、院長が
よくできた人の場合には、人員の選定から教育までキチンとできているので、受付の
対応もしっかりしている。だが、経営や人員管理に興味のない人であれば、対応が
なおざりになることもある。これを実践すると、他人とのコミュニケーションにおいて
生じたイライラを、ある程度抑えることができ、自分の言動や態度の見直し&改善、
ひいては成長につなげることができる。なので、イラッとしたときは、このことを思い出し、
「人のふり見て我がふり直せ」と呟けばいいと覚ったという。

ある病院の受付の人の例を出したが、その人に悪意があるわけではなく、悪い人という
わけでもない。ただ、有効なコミュニケーションのやり方を知らない、というだけだ。
大人になると、注意してくれる人もいなくなる。なので、自分で気付いて改善していくしかない。

人間性回復週間と私はお彼岸をそう呼んでいる。
とりもどそう!人間としての私・・・。間を大切に!
お盆のこころ
今年もここ函館はお盆がやってきました。
私は、お盆の心を別の角度からみると「先祖と私の罪滅ぼし」にあると思います。
すなわち、我が子、我が家可愛さのあまり不本意ながらも、時に餓鬼のような
欲に走り、人さまに迷惑をかけたかもしれない先祖の「成仏」がはたせるために
そしてまた、今生きる私自身の中に潜む餓鬼のこころを追い払って、先祖と私が
共に等しく「成仏」できるようにと営まれる行事がお盆であります。
いわば両者の「罪滅ぼし」の行であるわけです。
さて、それでは両者が共に餓鬼道から救われてができるためにはどうしたら
良いのでしょうか。
それには少しでも多くの人々に物心両面での「施し」をすることです。
だからお盆には親戚縁者はもちろんの事、有縁無縁、生者亡者を問わずに
いわゆる「供養」が盛大に行われるわけです。
たとえば、無縁者の霊を呼ぶために、施餓鬼棚を玄関先に設けたり、我が家の
先祖の位牌と共に、三界萬霊の位牌を祀って供養をし、あるいは川の魚や山の
動物たちにも食べ物を施すなどの風習が伝えられているのもこのことからです。
要するに自分だけ、身内だけを可愛がり、我が家の先祖供養だけに留まって
いたのでは、本当の救いは得られないということです。
自他共に幸せになることを願い、自他同時に救われる歩むというのが
お盆のこころです。
良きご供養をお願いいたします。