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ちおん和尚

Author:ちおん和尚
千葉県智恩寺から、今月のお話をお届けします。
あなたとのつながり、縁を大切にしたい。
ひとりじゃないこの世。大切にしたいあなたと
わたしのつながり・・。

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ブログ 智恩寺
あるがまま。その一瞬に感動を!
孫の成長に想う、涅槃の道
東京のお寺に勤務している長男夫婦と孫が先月末やってきた。
函館には1年ぶりの帰郷である。
お持て成しにあれやこれやと舞い上がっていた我が夫婦。
自分の子供より可愛いというがそのとおりである。

法句経の中に「親しさより憂いは生じ、親しさより不安は生ぜん。
            親しさを離れし人に憂いなし。いずこにかおそれあらん」とある。
近くにいない孫がLINEを通して体調不備を知らされるとまことに常軌を失ったこころの
動揺を誘うものである。
これが「恩愛」というものか・・・・。
      *恩愛:他人を恵み、かわいがること。情け。
            親子・夫婦などの間の愛情。
いうまでもなく我々は、この世に生ある限り自分自身を含めて肉親間の「恩愛」のきずなを
断ち切ることは、並大抵のことではできるものでない。

お釈迦様のご命日2月15日を涅槃会と呼ぶ。
涅槃会にめぐり会い、生命のはかなさ、恩愛の空しさを感じる月でもある。
生まれてきたからには平等にそのときを迎える。
だからこそ、自他不二平等の世界に目覚め、現世における人間社会のしがらみに
とらわれないこころの安らぎをとり戻すことが仏菩薩さまへの恩返しではなかろうか。


一富士二鷹三茄子
明けましておめでとうございます。
平成三十一年最後の年を迎えました。次元号が気になるところですが・・・。

昨年、ノ-ベル医学生理学賞を受賞した本庶佑さん。
富士山を人生の目標に譬えたそうである。
誰も自分の人生は予測できないし、挫折も沢山ある。富士山が雲に隠れるように
目標を見失うことも多々ある。
それでも目標を見失うことなく「物事に不可能はない。必ず道がある」と信念を曲げず
到達した。 座右の銘が「有志竟成(ゆうしきょうせい)」。
「強い志を持てば必ず成し遂げられる」ということだそうだ。
北海道新聞卓上四季(2018.12.12)はさらにこう結んでいる。
  ”一人一人が自分なりの「富士山」を目指し、
        頑張ろうという気持ちにさせてくれる。
                      一歩一歩、登っていきたい”
『一富士二鷹三茄子』
特に正月2日の初夢に見るもののなかで縁起のよいものの順位で
語源については1)駿河国の諺で、駿河の名物を順にあげたとする説が有力。
2)徳川家康があげた駿河国の高いものの順位。
3)富士は高く大きく、鷹はつかみ取る、茄子は「成す」に通じて縁起の良いものとする説
さらに 四扇 五煙草 六座頭 と続く。

この一年、健康に留意し、それぞれの山を一歩一歩登って良き一年にしたいと願う。


謝るということ
今年も師走を迎えた。
一年の出来事を反省するときでもある。良かったことも悪かったことも含めて・・・。
今年一番の出来事に挙げたいのはミニパトカ-に衝突されたことである。
お寺に戻る途中、一方通行を追随していたところだった。
前走するミニパトが左にウインカーランプを点滅確認、追い越し切るか切らないかの場面。
左後方にドン!という衝撃を受け路肩に停車させた。(なに?ミニパトが当ったのか)
車を降りると反対側から運転手である警察官が神妙な顔をして近寄ってきた。
大きな身体の警察官、開口一番、「謝る!」と思っていた。
しかし、出た言葉は「近くの交番にいる上司と連絡とってますから」と云う。
寒風吹き付ける中ジッと待たされた。間をおいて「お身体大丈夫でしたか?」と云われた。
数分して交番の上司がやってきて「お身体大丈夫でしたか?」
数分後、事故処理車が来て現場検証。ここでも「お身体大丈夫でしたか?」
時間も17:00前、段々暗くなってきた。(どうして謝らないのだろう、不信感を抱いてしまう)
別の女性警察官がやってきてここでも「お身体大丈夫でしたか?」
事故処理には流れる如く約30分で終わった。

翌日、中央署の上司と思われる方から電話が掛かってきた。
「昨日は大変申し訳ございませんでした、驚かれたでしょう?お身体は大丈夫だったでしょうか」
(ここでようやく謝ったか)
小生、その上司を電話越しに諭した。
「その一言が欲しかったです。昨日からの蟠りはいま貴方の言葉で消えましたが、私が思うには
この件が、法律(署内の規則や警察の立場)だとか保険の関係でだとかを執拗に気にしているようで
なりません。その前に人間として人として悪いことをしたり、お陰の力を受けたり与えたりしたら
当然謝するものでないでしょうか。」と。

受話器を置いた途端、自分(所作言動)に照らし合わせていた。
「謝る」・・ 大切な一言である。

子供叱るな来た道だもの・・・
今を考えるとき、私たちは先輩から多くのことを学び成長した。
次は後輩たちに教える番である。
先輩方が気付き上げた多くの教えを受けて道を拓いてくれている。
そしてその先輩方が拓いてくれた道を歩き、次は後輩たちのために前を
歩き、教えを授け、道を拓くのである。
ときとして「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と云いつつ後悔している自分が
そこにいる。
我々は誰でも始めから出来たわけではない。直接教えてもらっていなかった
としても聞いて学び、見て学び、知らず知らずのうちに教わっている。
勇気を持って見聞を広めようではないか。

先輩とは、何も年上ということではない。先駆者という意味が妥当だと思う。
この流れを理解している先駆者は、後輩にも愛をもって接する。
出来ない者がいるなら、手を引いて導いであげてはどうだろうか。
何も自分と同じ道に導く必要などない。
私たちは誰もが先輩であり後輩である。

私たちは子供を叱る先輩にもなれるし、導く先輩にもなれる。
私たちはお年寄りを笑う後輩にもなれるし、感謝と敬意を表す後輩にもなれる。
「子供叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの」

大切なことは、どちらの道も選択できる。ただ、後悔しない道を選択しなければならない。
「来た道行く道二人旅、これから通る今日の道、通り直しのできぬ道」

人間性回復週間
私はお彼岸を勝手にそう呼んでいる。
「国民の祝日に関する法律」によって、春秋の彼岸の中日は祝日と定められている。
春分の日は「自然を称え、生物を慈しむ」日。
秋分の日は「祖先を敬い、亡くなった人々を偲ぶ」日と意味づけられている。
祝日(昔は旗日と呼んでいたが最近は聞かない)が人間の勝手により、経済の都合により
日曜日とくっつけられたりしていたり、祝日の名前が変わったりで意味合い(趣き)も薄れて
きてしまった。そんな中でこの彼岸の中日だけは永遠に変わらないことを信じている。
まあそれはともかくとして・・・・。
私たちは多くの生き物を食事として命を維持している。食べ物も命あるもの、また水や日光
空気などなど、生きる上で必要な環境を与えられている。
しかも、生き物が生きるために必要な環境は基本的にタダなのだ。
しかし、そのどれもが「当たり前」で済まされているところに人間の行き詰まりを感じる。
当たり前の反対語は「おかげさま」。ふだん見えない「かげ」の力に対して敬語の「お」と
「さま」をつけて「おかげさま」と表現される。
 「当たり前でなくなって、初めて知るありがたさ」とか
 「咲いた花見て喜ぶならば、育てた根っこの恩を知れ」と言われる所以である。
人はみな、一人だけの力で生きていくことはできない、自分のためだけに生きるものでもない。
お互いが、他者に力を与えつつ、その支えともなってこそ人間である。
彼岸の好時節、燻っている人間性を取り戻したら如何だろうか。