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ちおん和尚

Author:ちおん和尚
千葉県智恩寺から、今月のお話をお届けします。
あなたとのつながり、縁を大切にしたい。
ひとりじゃないこの世。大切にしたいあなたと
わたしのつながり・・。

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ブログ 智恩寺
あるがまま。その一瞬に感動を!
店長!涙の合掌 ~以心伝心~
地方にあるJ寺院。平生は無住(住職不在)のお寺であった。
そのお寺にはそれを払拭するかのような信仰深い役員さんたちがいた。
昨年10月、その寺の総代長さんから金箔仕様の寺紋と寺号が劣化し見るにも耐えられなくなったので
修復してほしいと函館のT仏壇店に入った。
その話を請け、早速店長は見積もりを作成、総代長さんにお渡しした。

その後はなんの連絡もなく月日が流れて行った。
見積もりが意に添わなかったのかな~と毎日のように考えていた店長。今年に1月に突然電話が入り
あの見積もりでいいから話を進めていただきたい旨の連絡。
順調にいくと5月末日頃に納品できますからと後日寺に出向き、総代長以下役員の見守る中
寺紋と寺号を取り外した。修復は順調に進み、5月24日無事に店に納品されて安堵、
その状況を察するかのように役員の一人から電話が入る。いますぐにでも設置して欲しいというのである。
困った店長、他の仕事にスケジュ-ルから5月末日になりますと念を押したが、
役員からこんな言葉が返ってきた。
「実は、総代長が今月に入って持病の悪化で入院していて4~5日の命かもしれない。
だから末日とは言わずにとにかく寺号一字だけでも病床に見せてやってくれないか」と云う。
準備をし翌日、病院に見舞い方々総代長に一字を見せた。
心底”良かった 良かった・・・”と何度も感謝と感激の姿を目の当たりにした
病気に負けじと全身を振り絞って云われた言葉に感動したという店長。

5月28日設置完了。再び寺を訪問、完成した寺紋寺号をみて函館に戻ってきた。
翌日事は急変、総代長さん逝去の一報。唖然とした店長、すぐさまお供え物を
ご自宅用と葬儀会場用に繕って出かけた。
お寺のあるその地方は9割方、民間の葬儀斎場を利用するという。
店長は総代長もそれに倣うんだなと覚悟して早朝のご自宅へ。 奥様は考えに考えたあげく、
一言「自ら愛したお寺だし、貴方が関わってくれて寺紋寺号ができて主人も大変喜んでいた。だから
お寺で葬儀をすることにしたのよ」と言われ涙を堪えて聞きおさめたそうである。
居間に置かれたご遺体にいままでの感謝とお礼の合掌をしつつお寺へ。
すでに祭壇が組まれ立派な遺影が飾られていた。
しばし寺紋寺号を仰いでいるとバスのクラクションを聞いた。
振り返ると総代長さんを乗せたバスが火葬場に向かう途中だったのである。
お寺を経由してくれた。自らが修復した寺紋寺号を見せに立ち寄ってくれたのである。
振り向きざまにこころからの合掌を施した店長、初めて経験する場面に震えが収まらなかったという。

いままで仕事をしてきてこんなに有難かったことはない。お寺と総代長さんと自分、以心伝心。
時間がずれていたらこんな光景にも出くわせなかった。
亡き総代長さんの声なき声が聞こえ涙が溢れて止まらなかったと云う。
  
間の置き方
高座に落語家が出てきました。彼は、高座に姿を現すなり中央まで歩いて、
座布団にすわり、お辞儀をしました。

ただこれだけで、この落語家は巧いか、拙いか解ってしまいます。。 
ただそれだけでの動作、あるかないかの表情、その中にバランスの破れた
所があったら、これはもう拙いに決まってしまいます。
話をする場合、言葉だけの研究では足らず、その言葉に持たせる「間(マ)」
の研究、話している間の表情動作すべてにわたるバランスの研究、そのまで
行かないと満点とはいえません(話術 徳川夢声著)。
改めて自ら照らし合わせて反省する部分が多々多き事・・・・。

ロ-タリ-クラブでの卓話、他寺院での説教、出張での法事、近くでは通夜
説教といろいろ特に先月下旬には続いた。
ちょっと趣きはことなるが、ロ-タリ-クラブ例会600回でのアトラクションとし
てゲ-ムを企画した。全体的にはみな喜んで盛り上げてくれたのだが、場の
雰囲気、持ち時間の制限、用具備品との絡み・・・・。
一歩間違えば白けてしまうところだった。 ここにも「マ」が見え隠れしていた。
またに「勘(カン)」も必要であるということを反省した。

話術とは「マ術」なり。「マ」とは動きて破れざるバランスなり。
徳川夢声さんは、それらの研究はどうするのかと思うが、答えは平凡、沢山の
経験をつむこと、絶えずその心構えでいること、これだけだと。
「なにか”マ”の簡単にわかる虎の巻はないかい?」だって?
そんなものはありませんよ!何しろ「カン」の問題ですから・・・・・・・。

どきっとした。恥ずかしかった。
まだまだ「間」「勘」できていない。
所謂、間抜け・勘違いの私である(残念!)。 ただただ精進努力あるのみ。。。
絶対・・?
平昌オリンピックも終わり、残すはパラリンピックのみとなりました。
金メダル4個 銀メダル5個 銅メダル4個 素晴らしい成績を残しました。
すべての選手の方々、ご苦労様でした。

また、色々な言葉、思いが行き交いました。
「そだね~」「・・・・かい」「ナイッス!」「レジェンド」などなど・・。
特に気になったのが「絶対王者」「絶対女子」。

はてさてこの「絶対」に違和感を感じるのは私だけだろうか・・・。
辞書で調べると
 絶対(的)とは、他の何物とも比べようもない状態・存在であるさま
 相対(的)とは、他との関係において成り立つさま。また、他との比較の上に
 成り立つさま
他の何物とも・・・ 恐ろしい事です。
その基準には、誰が、いつどこで評価しても変わらないものとも書いてありました。

禅の心持に「覚知に交わるは証則にあらず」と開祖道元禅師様は仰っています。
真実を得たとか、素晴らしい境地だ、などと覚知するならばそれは本当の坐禅では
ないと一喝されています。

そのことを私風に解釈しますと「意識したものには本物はない」と理解しています。
当人にとってはその境地であろうと思いますし、そうであってほしいのです。
あまり世間様がはやし立てるので潰されてしまいそうになるときもありましょう。
所謂、「相対的絶対」でありたいものですね。 如何でしょうか。
父母の役目、役割。
慈悲という言葉があります。よく一つの熟語として用いられますが、実は「慈」と「悲」とは
全く違う内容を意味しています。
経典には「慈は与楽、悲は抜苦」と説明しています。
所謂、「相手に喜びや楽しみを与えること」がであり、「相手の苦しみや悲しみを除いて
あげること」がであるという訳です。

世間では、男女同権(平等)が社会の隅々まで行き渡り、男性に育児休暇まで与えられる
ようになってくると、はたして父母の役目役割をきっちりと分けること自体が適当なのか
どうかは別問題ですが、いまのところ、子どもを生むのは母親ですから、ある程度は両者の
違いを認めてもいいのではないのかもしれません。。
 *役目とは役として成しとげなければならない仕事。役としての勤め。
  役割とは役目を割り当てること。また、割り当てられた役目。 社会生活でその人の地位や
  職務に応じて遂行しているはたらきや役目。役目は役割に比べて仕事の成果をも含んで
  用いることも含んでいる。
私は両者の違い、役目役割をきっちりと分ける事も必要であると思います。

そこのところの理解があり、蟠りが除かれると
「喜びは分け合うと倍になり、悲しみは分かち合うと半分になる」ということになるでしょう。
さらに「恩」という文字を重ね合わせると「父に慈恩あり 母に悲恩あり」となりましょう。
「親の恩は海よりも深く、山よりも高い」「父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深い」
と云われた所以であると思います。
消えつつあるこの諺、今一度考えてみたら如何でしょうか。
節分にこころの鬼を追い出して、仏迎えて主人(あるじ)となそう!
『悩みは人生の転機である。 人間の信仰心の生まれる時である』
日頃厚意にしている東京の方からの心情と回顧の綴りをいただきました。
そっくりそのまま紹介します。
 
 本の中のこの言葉に出会い、ふと昔のことを思い出しました。
 9歳の時、弟を生んだ母の産後が思わしくなく、母も何を思ったのか
 私を枕元に呼んで遺言らしきことを云うのです。
 9歳の子には受け入れがたい事で泣きました。できる事は、神仏に祈る
 ことだけ・・・。「神様、母を助けてください・・」と。 ドラマのようですが
 本当の話です。その祈りが聞かされたのか、母は助かりました。
 それ以来、いつも神仏のことが頭をかすめ、祈るようになりました。
 大人になるにつれて忘れていたのですが、今思えば私の信仰心は
 その時に生まれたのだと思います。
 その後は大きく道を踏み外すこともなく、今の暮らしに辿り着きました。
 今が幸せなのは、その時に信仰心が芽生えたお陰なのかもしれません。
 母からの大きなプレゼントでした。
 また、母も小さいときから苦労して育ったと聞いています。父が亡くなった
 のち、朝晩神仏に手を合わす姿を見せてくれました。
 朝は、まずお仏壇にご飯を供え、神棚の水を取り替え、それから朝食でした。
 毎日、毎日、お線香のたなびく中での食事は、何かに守られている気持ちで
 心地よかったです。
 母にも悩みのなかで信仰心が生まれたのでしょう。晩年は幸せでした。
 「試練は成長のチャンス」を信じれば、悩みも何かを気付かせてくれる
 チャンスなのかもしれませんね。
                               Y氏95歳 男性