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ちおん和尚

Author:ちおん和尚
千葉県智恩寺から、今月のお話をお届けします。
あなたとのつながり、縁を大切にしたい。
ひとりじゃないこの世。大切にしたいあなたと
わたしのつながり・・。

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ブログ 智恩寺
あるがまま。その一瞬に感動を!
お父さん、ごめんなさい。
新春を迎え穏やかにお過ごしのことと存じます。
今年も智恩寺HPを宜しく御贔屓にお願い申し上げます。

いまは84歳となったあるお婆ちゃんのお話です。
元気に日々信仰の毎日です。ご主人のご命日は毎月3日、毎月お宅に伺って
お勤めをされています。お勤めが終わると必ずコ-ヒ-を戴き雑談に華が咲きます。

そんなお婆ちゃん、40代に知人に誘われ新興宗教に入信されました。
いまでは地区の長にまで上り、信者さんを指導する立場にありました。
来る日も来る日も信徒会館に出向き、家を疎かにしていました。
60歳になったある日、そんな様子を見かねたご主人に一喝『お前は俺がなにか云う
たびに屁理屈をいって返す。一度も素直にハイ!と云ったことがない。そんなことなら
俺は明日にでも家を出ていく!男と云うものは女房が口を返すこと(喩え自分に非が
あっても)が一番否なんだ。お前は蛾が強く、自分を磨くことをしていない!なにを
そんなに一生懸命信仰してるんだ、そんなの信仰でもなんでもない!』と云われました。

我に返ったお婆ちゃん、自らのいままでの言動が酷くご主人を傷つけていたことに気づき
、即座にご主人を前にして両手をついて謝ったそうです。
『お父さん、ごめんなさい!二度と口答えしませんし、一生懸命家事にも今以上に専念
しますから勘弁してください』と涙がボロボロと流れ改心したそうです。
次の日からご主人、人が変わったかのように掃除やお婆ちゃんの出来ない身の回りの
世話を進んでやるようになりました。
お婆ちゃん、80歳のときにご主人を87歳で亡くしました。

『生きているときに謝って良かった!出来ればもう少し早く謝りたかった』
『自分が変わらなければ人を教えることなんでできない』
コ-ヒ-を戴きながら私を前にこころからお話してくださいました。

素晴らしい信仰の力・形に感銘を受けました。
これが本当の信仰心ですね。有り難い限りです。

十二という数字
今月で今年も終わる。
特に「母の死とこども園竣工祝賀会」に尽きた一年だった。
「飛ぶ鳥跡を濁さず」とは母であり、こども園でもあるような酉年だった。

干支や星座など『十二』という数は、東西を問わず「人」の生活と大変深く
関わってきたようである。
そこには物事が一回りして「もとの場所に帰ってくる」「また新しいスタ-トを
きる」など晴れやかなイメ-ジを連想する事ができる。

先日、厚意にさせていただいている方から
「十二吉祥鱗文(じゅうにきっしょううろこもん)」の干支の縫いぐるみを戴いた。
鱗は身を守る・身を固めるなどの縁起に因み、厄除けの図柄として帯や長襦袢に
用いられているようである。
また文様とは、自然に発生する絵柄か人工的に装飾をした絵柄のことをいい、
雲や松、水などの美しさを切り取ってデザインしたものを云い、その中でも
縁起のよい文様のことを「吉祥文様」と云うそうである。
 種類として 青海波・梅鉢文・観世水文・矢かすり文・笠松文・七宝文
 唐草文・うろこ文・宝尽し文 などがあるようだ。
同封されていた解説書から引用すると
 縁起の良い数である「十二」にちなみ、古来より庶民の間で喜ばれてきた
 「宝尽し文」。 単に「宝尽し文」と云ってもそれぞれの柄が持っている意味は
 さまざまで「輪違い」や「七宝」はどこまでも繋がり広がっていくことから繁栄を
 象徴し、「隠れ蓑」は悪事・災難から身を隠すとされ、「霊芝」や「盤長」「宝剣」
 と云った文様は延命長寿の吉祥である。
 「分銅」「巾着」「珊瑚」や「丁子」と云ったものは、お金や財産に関係があったり
 そのもの自体に高い価値があったため、富貴栄華の祈りが込められている。

来年は還暦で年男である。
ご喜捨された方のその気遣いが心身に沁みる。
有難うございました。

来る年が皆様にとって佳き年でありますことを祈念して
今年のお話〆といたします。

修行を導いてくれた老師の死
「オクムラ~ 眼の具合が悪いから 運転してくれる?」
8月11日成田市のお寺にお邪魔してすぐにお願いされ、なんと愛猫の餌を買いに
同行した。なんの身体の疑いもなくお寺を後にしたが、先月15日突如として遷化
してしまったのである。
聞けば「66歳」、糖尿病からくる合併症で亡くなったとは通夜に駆け付けて弟さん
から聞いた。さらには日頃の不摂生!だと兄への思いをぶつけていた弟さん。
そんなこと未だかつて一度も云わずはぐらかしていた老師いやSさん。
私が修行の門を叩いたときに最初にお逢いし導いてくれた方である。
同郷という事で表には出さなかったが陰で応援してくれた方だった。
大先輩なのにため口を許してくれたこころ広い方だった。
また息子の就職先を心配して戴いた方だった。

そんなSさんのことを『優柔不断な人だった』と云っては叱られるだろうか。
その四文字は一般的に負のイメージが強い。 
ある解説書に『優柔不断な人に共通する9つの特徴と心理』と題して説明されていた。
 その1、二者択一であってもなかなか決められない
 その2、過ぎたことを必ず何度も振り返ってしまう
 その3、あらゆる可能性を考えないと不安で仕方ない
 その4、一度決めたと思ってもまたすぐに迷いはじめてしまう
 その5、周囲の人の様々な意見に耳を傾ける
 その6、もっとよい方法や考えはないか追及し続ける
 その7、みんなが気を悪くしないように最大限の配慮をする
 その8、リ-ダ-シップをとりたがらない
 その9、「なんでもいいよ」など具体的な返答を控えるのが定番

そのどれもいい意味でそっくり?である。
Sさんらしさがにじみ出ている・・・。
時として横道に反れるとヒントを出してくれる。決してこうだという決定打がない。
自らは一番ではいない、いられない、いようとしない。
みんなに親切。自分にも他人にも人当たりがよく優しすぎる。

改めて優柔不断という熟語とSさんにお逢いできたことにこころから感謝したい。
残念至極・・・・。
「人から物でもお金でもお心遣いを頂いたら決してその場で返すものでない。
相手の気持ちを踏み躙ることになる。後でよく考えてその厚意が自分に見合うか
どうか見合うだけの気持ちを伝えることだ」
私はSさんの名言だといま改めて肝に銘じている。
樹木葬
先月好意にしていた方の初命日と納骨法要を町田市某浄苑で勤めました。
函館にはないが『樹木葬』をさせて戴きました。
以前、千葉の某寺の樹木葬場を見学させていただいたがここまで
進んでいるとは夢にまでも思いませんでした。
樹木葬でも色んなパタ-ンを揃えています・・・・。
命名が揮っていて  昴、桜の里「陽だまりの詩」「葉音」、詩桜里、縁の庭「凛」、
樹木型墓地「花」、桜葬「あやね」、樹林墓地「桜葬」・・・・・・・。
ここまでくると固定概念が悉く崩れてしまいます。
古来からの墓石が遠く見えてしまいました。そこには永代供養も付加されていて
”後継ぎ不要””管理費不要”さらには”ペットと一緒も可”とまでパンフレットにあります。

ともあれ、故人も納得した上での樹木葬。墓地墓苑の公園化は知る所でしたが、
このような環境にも死後にも安らぎを提供しているようで新鮮に映りました。
納骨後の点心(供養膳)では故人の生前の死生観や思い出話に花が咲きました。

母の昇天ではないけれども、少し前まで階下で闘病していたのに今は最上階での
お別れの儀式が行われていました。階から観ると遠く潮風と波の音が聞こえるような
背景に先程まで闘病していた母の姿が安らぎに変わっていました。

葬送の自由とはいいますが、全身全霊に心地よい風が誘うそんなエンディングが
求められているようです。
と同時に橋渡し役である、私たち僧侶の立ち位置をもう一度考えなくてはと改めて
思いました。

母の他界
先月5日、数え年89歳で母が昇天した。
四苦八苦とは仏教で教えるところだが、特に「老」に深く心を揺さぶられた。

父が交通事故で入院して一時期の保育園運営への心労に萎えていたこと
自律神経失調症という病を40代から付き纏い、必死に闘病していたこと
ちょっと調子がいいと言ってついつい畑仕事に精を出してしまい床に臥せっていたこと
苦痛だった病院通い
父に言われ、本堂裏の位牌堂で必死に坐禅に取り組み、徐々に回復していったこと
年に数回私たちの帰省を心から楽しみにしていたこと
元来、エレベーターや船が持病の精で乗れないこと
青函トンネルが開通して函館にこれたこと
初めての雪景色そして雪かきをしてくれたこと
何といっても私が仕事の折り合いがつかず悩まなければならない事態に陥った時
そっとなにも言わずただいてくれたこと  そこに母が留守を守っていてくれたこと

そしてその時が来た。
私達夫婦の帰りを待ってくれてその8時間後に眼を落した。
「老いる」 世は無常である
人間、衰弱し この身ごと枯れていく・・・・。 苦からの解放だった。 
89年の集大成である。
「昇天した」と冒頭表現したが、病院の霊安室が最上階13階の海辺の見える景色の
いい処であった。
まさしく「天に昇る」が如く、母を送ることができた。
父、兄と3人で枕経が行われた。

戒名 保福庵一苑明孝禅尼 と父、兄の承諾を得て号した。