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ちおん和尚

Author:ちおん和尚
千葉県智恩寺から、今月のお話をお届けします。
あなたとのつながり、縁を大切にしたい。
ひとりじゃないこの世。大切にしたいあなたと
わたしのつながり・・。

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ブログ 智恩寺
あるがまま。その一瞬に感動を!
連日の暑さに・・
北海道(ここ函館)も連日の暑さにみな参っている。
三十年来暮らしているなか、道産子人は暑さには誠に弱いようだ。
生活様式(建物も含めて)が違うと言ってしまえはそれまでだが。
「真冬に家のなかで半袖きて飲むビ-ル美味いよね~」
口癖である。

さて、暑いのと(暮らし)寒いのとではどっちがいい?と聞くと
寒けりゃ着込めばいい。暑かったらそれ以上どうしようもないから苦痛だと
大方の人が答える。すでに北海道仕様になってしまった私としても同感である。
であるが、子供のころを思い出すと (30℃)もっと暑かったような気がする。
夜寝れなくて壁に足を九の字に立てて寝たり、冷たいものばかり食するから
一日中怠かったりしたものだ。

ここで禅者としてはなにか言わなくてはならない。
以前のお話でも登場した方で良寛さん(宝暦8年10月2日「1758.11.2」~天保
2年1月6日「1831.2.18」は江戸時代後期の曹洞宗の僧侶、歌人、漢詩人、
書家。号は大愚)を思い出す。
ある人から「災難を免れる方法は」と問われて
「災難に遭うたら災難に遭うがよろしく、死ぬ時は死ぬがよろしく候」と答えた
と伝えられている。
仏法の「安心(あんじん)」すなわち苦を離れるという意味は、様々な苦痛を
そのままに「信」によって「悦び」に変えていくことであって、それが苦からの
解脱(げだつ)=「楽」を得るということである。
先人の言葉に
「我れ苦痛によりて深く菩提を求む」
「流れる水は、障害にぶつかって百倍の力を発揮する」
経典には
「苦によって信がある、真によって悦びがある」

人生苦からの始まりだと私はいつも思っている。あとはやってくる楽を信じて。
そして天地の道理に身を任せて・・・。
還暦同窓会
先月23日(土)に出身高校の還暦を祝して同窓会が開かれ、40数年ぶりに同窓の友と
時を同じくした。
会に先立ち、私の提案で物故者追悼供養が自坊智恩寺で幹事8名の焼香のもと行われた。
幹事のご苦労もあって同窓生の半数62名が会場に集まった。
恩師は2名。93歳になられたというA先生、大きな声が自慢とかで自己紹介のみ。
Y先生、担任だった先生は78歳になられたそうで、各テーブルをこまめに廻られては当時の
様子と世相を熱心に語られていた。

会は進み2時間半が経った。
事前に幹事から「締めの乾杯に先立ちお話を」ということだったので当時と今とこれからを
交えてお話しさせていただいた。
そのなかで前日教区寺院の檀信徒代表が集まる布教講習会が行われ感銘を受けた一句を
紹介した。
  人間の究極の幸せは
    一、人に愛されること
      一、人に褒めれられること
       一、人の役に立つこと
        一、人から必要とされること
そしてさらにこう付け加えた。
 「人間、考えすぎるから不自由になる」と

よくもまあ60年も生きてこれた。しかし我が身である。
考えすぎずに自由でありたい。究極の幸せをこの身に任せて・・・・・。

二次会は隣の会場でカラオケ大会が続いた。懐かしい楽しいひと時だった。
先に逝かれた同窓の友もこの場で一緒に酒を会話を楽しんだと思った。 
店長!涙の合掌 ~以心伝心~
地方にあるJ寺院。平生は無住(住職不在)のお寺であった。
そのお寺にはそれを払拭するかのような信仰深い役員さんたちがいた。
昨年10月、その寺の総代長さんから金箔仕様の寺紋と寺号が劣化し見るにも耐えられなくなったので
修復してほしいと函館のT仏壇店に入った。
その話を請け、早速店長は見積もりを作成、総代長さんにお渡しした。

その後はなんの連絡もなく月日が流れて行った。
見積もりが意に添わなかったのかな~と毎日のように考えていた店長。今年に1月に突然電話が入り
あの見積もりでいいから話を進めていただきたい旨の連絡。
順調にいくと5月末日頃に納品できますからと後日寺に出向き、総代長以下役員の見守る中
寺紋と寺号を取り外した。修復は順調に進み、5月24日無事に店に納品されて安堵、
その状況を察するかのように役員の一人から電話が入る。いますぐにでも設置して欲しいというのである。
困った店長、他の仕事にスケジュ-ルから5月末日になりますと念を押したが、
役員からこんな言葉が返ってきた。
「実は、総代長が今月に入って持病の悪化で入院していて4~5日の命かもしれない。
だから末日とは言わずにとにかく寺号一字だけでも病床に見せてやってくれないか」と云う。
準備をし翌日、病院に見舞い方々総代長に一字を見せた。
心底”良かった 良かった・・・”と何度も感謝と感激の姿を目の当たりにした
病気に負けじと全身を振り絞って云われた言葉に感動したという店長。

5月28日設置完了。再び寺を訪問、完成した寺紋寺号をみて函館に戻ってきた。
翌日事は急変、総代長さん逝去の一報。唖然とした店長、すぐさまお供え物を
ご自宅用と葬儀会場用に繕って出かけた。
お寺のあるその地方は9割方、民間の葬儀斎場を利用するという。
店長は総代長もそれに倣うんだなと覚悟して早朝のご自宅へ。 奥様は考えに考えたあげく、
一言「自ら愛したお寺だし、貴方が関わってくれて寺紋寺号ができて主人も大変喜んでいた。だから
お寺で葬儀をすることにしたのよ」と言われ涙を堪えて聞きおさめたそうである。
居間に置かれたご遺体にいままでの感謝とお礼の合掌をしつつお寺へ。
すでに祭壇が組まれ立派な遺影が飾られていた。
しばし寺紋寺号を仰いでいるとバスのクラクションを聞いた。
振り返ると総代長さんを乗せたバスが火葬場に向かう途中だったのである。
お寺を経由してくれた。自らが修復した寺紋寺号を見せに立ち寄ってくれたのである。
振り向きざまにこころからの合掌を施した店長、初めて経験する場面に震えが収まらなかったという。

いままで仕事をしてきてこんなに有難かったことはない。お寺と総代長さんと自分、以心伝心。
時間がずれていたらこんな光景にも出くわせなかった。
亡き総代長さんの声なき声が聞こえ涙が溢れて止まらなかったと云う。
  
間の置き方
高座に落語家が出てきました。彼は、高座に姿を現すなり中央まで歩いて、
座布団にすわり、お辞儀をしました。

ただこれだけで、この落語家は巧いか、拙いか解ってしまいます。。 
ただそれだけでの動作、あるかないかの表情、その中にバランスの破れた
所があったら、これはもう拙いに決まってしまいます。
話をする場合、言葉だけの研究では足らず、その言葉に持たせる「間(マ)」
の研究、話している間の表情動作すべてにわたるバランスの研究、そのまで
行かないと満点とはいえません(話術 徳川夢声著)。
改めて自ら照らし合わせて反省する部分が多々多き事・・・・。

ロ-タリ-クラブでの卓話、他寺院での説教、出張での法事、近くでは通夜
説教といろいろ特に先月下旬には続いた。
ちょっと趣きはことなるが、ロ-タリ-クラブ例会600回でのアトラクションとし
てゲ-ムを企画した。全体的にはみな喜んで盛り上げてくれたのだが、場の
雰囲気、持ち時間の制限、用具備品との絡み・・・・。
一歩間違えば白けてしまうところだった。 ここにも「マ」が見え隠れしていた。
またに「勘(カン)」も必要であるということを反省した。

話術とは「マ術」なり。「マ」とは動きて破れざるバランスなり。
徳川夢声さんは、それらの研究はどうするのかと思うが、答えは平凡、沢山の
経験をつむこと、絶えずその心構えでいること、これだけだと。
「なにか”マ”の簡単にわかる虎の巻はないかい?」だって?
そんなものはありませんよ!何しろ「カン」の問題ですから・・・・・・・。

どきっとした。恥ずかしかった。
まだまだ「間」「勘」できていない。
所謂、間抜け・勘違いの私である(残念!)。 ただただ精進努力あるのみ。。。
お経!短くお願いします~
私自身(函館に来て)35年目の檀務法務ともなると気転が効くようになるものである。
信仰の厚い北海道だと師匠から聞かされていのだが、当時を振り返ると
奇妙なことにぶつかっておどおどしていた自分が恥ずかしい。

毎日月参りが大切な布教でもあるし、お寺の財源となっていることは事実。
「お寺さん~ 来月は祥月命日なんですが、いつもより長くお願いします」
さらに「故人に有難いところ(お経の箇所)を聞かせてやってください」と云われ困った
自分がいた。  まあそこまでは気持ち的に許すが、
「今日のお参り、ちょこっとでいいから 短くていいから・・・?
御布施はいつもどおりに出しますから」と。
  (そういえば、御布施いくらですかと云われ、「色付けて下されば」と云ったら
                      「何色ですか?」と云われ苦笑いしたっけな)

こうなるといまでは「自分の都合で供養をしないでくださいね」と問いかける。
特にご法事などを考えたら、「一体誰のための、何のための法事でしょうか?
やはりご法事というのは、亡き人を偲び、その冥福を祈るためにするのですから、
亡き人を中心に考えるのが本義でしょう?」と問い詰めたくなる、当然なこと。
ところがこの頃は生きている人が中心で、ご法事をする日は大抵日曜日、お経の
時間は短く、その短いお経の時間でさえ私語を聞くことがある。


私たちは冠婚葬祭には、どんなに忙しくても何とか都合をつけて集まるものである。
それは親族が改めて日頃のご無沙汰を詫び合い、これからも仲良くやっていこうと
いう親族の縁を強める場でもある。
そしてご法事に限って言えば、亡き人が生きている者の集まる機会を作ってくれた
ことにもなる。だから亡き人に感謝してこころからお詣りすることが大切なのである。
自分のすることを子や孫が見ていますよ。自分がお経を短くすれば、あなたの番の
時にも短くなるんですよ!自分がしてもらいたいことを、亡き人にもしたいものである。

しかし、昨今夫婦だけての法事とか事情はさまざまであるが、自らの後姿を見ることが
ない。いやできないでいるのも現状である。
その折にはこう伝えている。
「家族が一同に介したときは、自らの出所進退を子供、孫さんに伝えてください」
「過去の法事の話や葬儀の要望、今後の供養の仕方や子供としての供養の仕方、
インターネットからの情報を置いて直にお寺さんに聞いて下さい」と。

4月、新年度です。こころ新たにしたいものです。