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ちおん和尚

Author:ちおん和尚
千葉県智恩寺から、今月のお話をお届けします。
あなたとのつながり、縁を大切にしたい。
ひとりじゃないこの世。大切にしたいあなたと
わたしのつながり・・。

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ブログ 智恩寺
あるがまま。その一瞬に感動を!
希望を売る
函館セントラルロ-タリ-クラブ幹事のミニ卓話から引用させて頂きます。
あるデパ-トでの顧客応対に関しての理念があったそうです。
所謂「レシートに込めた思い」と称してそのデパ-ドでは『希望』を売って
いたというのです。
一枚のレシートには商品名と商品購入量が印字されています。
①ス-ツケ-ス662個 ②口紅76,175本 ③浴衣475着 ④ハイヒール
1,001足 ⑤ベビ-ギフト556個・・・・・。続きがあります。
①コロナで行動を制限されていますが、コロナが収まり、自由に行動がで
きる日のために662名お客様がス-ツケ-スを購入されました。
②マスクの下でもメイクを楽しみたいと76,175名のお客様が口紅を購入
されました。 ③夏祭りは中止になったけど浴衣は475着、④颯爽と町を
歩く日を町ながらお求めになtったハイヒール1,001足、⑤生まれてくる
命を566セットのベビィギフトが全力で祝福した。
足踏みばかりの毎日であっても、お買い物の記録に教えられた大切なこと。
デパ-トが売るのはただのモノではないこと!
デパ-トが売ったのは『希望』でした。
これを読まれた方々がネットに書き込みをしてくれました。
”私も浴衣買いました。お祭りがなくても娘の喜ぶ顔が見たくて・・。”
”私もマスク買ったよ!マスクで見えないのが分かっていても口紅買いました”
それぞれに未来の希望を知らず知らずのうちに買っていました。

それぞれの業種、そこに勤めて居られるすべての方々に云えますね。
コロナ禍の厳しい環境にあっても自分は自分たちの仕事を通じて、お客様の
希望を叶えるお手伝いをするんだと。。。。。。
なかなかいいお話でした。幹事、有難うございました。
ソロ社会という・・・。
治まりをみせない新型コロナウイルス感染。毎日のように感染者数に一喜一憂。
知り合いの方は、コロナ鬱に罹ってしまった。
少し前なら一人は孤独感を覚えていたが、コロナ禍の効用だとある宗教新聞が謳っていた。
社会的距離という言葉もいまや物理的距離になって、人間が社会的存在である以上、個人
と社会とは切り離せない関係にある。
そんな中での一人である。一人で仕事をしたり、余暇を過ごすことの意義を再発見している
というのだ。確かに、一人焼肉とか一人飯 将又、トイレで個食(孤食)などなど。
それらをソロと表現し、ソロキャンプという言葉まで流行語になった。
ソロ社会・・・。
一方で、人間はつながりを求めて今日までこれからも縋って行く。
いままでは横のつながりを重視してきたのだが、これからは縦に目を充てることである。
着物を織る横糸と縦糸の関係であろう。絶妙なバランスを引き立てる縦糸と横糸の曳き合い。

また、一人で神仏に向きあうことが己の再発見であろうか。
神仏に対峙することで生死の問題、葛藤、不思議、安心が深められと思う。
深く、お釈迦様は『自灯明 法灯明』(じとうみょう ほうとうみょう)という言葉で我々に指針を
与えている。
 お釈迦様の臨終をお世話したのは、多聞第一と云われた阿難尊者です。
 釈尊の十代弟子の一人で、多聞とはお釈迦様の説法を一番多く聞いた人という意味です。
 尊者はお釈迦様に聴きました。
 『お師匠様亡き跡、私は何をよりどころに生きてゆけばいいのでしょうか』
 お釈迦様は伏せたまま、『自分をよりどころとしていきなさい。法(お釈迦様の教え)をより 
 どころとして、他のものをよりどころとしてはいけません』と。
人間に与えられた試練です。善き方向にするのも悪しき方向へ向かうのも自らです。
ソロ社会を堪能しようではありませんか。きっとその先には明るい光がさしています。
年頭所感(一年の計は簡単に)
2021年の幕開けとなりました。本年もよろしくお願いいたします。
昨年を振り返るといい年ではありませんでした。
世相はコロナで終始です。自らの身体には変調を感じ、二次検査と新規病症が
現れる始末でした。
しかし、希望の事象も現れました。智恩寺函館心響庵へのお詣りの方々との縁が
徐々に生まれつつあることです。智恩寺初の御祈祷札の完成を見つつ、御祈祷を
された方々。一応にして「効果、好評」を頂きました。有難い限りです。

それらに甘えることなく、今年度はさらに力をいれ、悩める人々にしっかりと添える
ような庵を確立したいと願っています。
ある方からの苦言を肝に銘じています。「あなたはなにをしたいのか!」
それを探るべく布教伝道に励んでまいりたいと思います。

一年の計は元旦に。そう誓うことのできるすばらしさを感得しつつ・・・・。。。
そして一年の計は簡単に着実に実行してゆく所存であります。
どうぞ、ご縁の皆様方へこの函館心響庵をご利用ください。
会員としてともに歩みましょう!。
そこには即効性と副作用がある
特に身体に変調をきたしたときに縋るのが薬である。
とにかく薬に頼り、今を脱出しようと服用する。
私の長年の経験?から、「風邪にはパブロン!傷には赤チン」が今でも身についている。
信ずれば救われるではないが、よく効くのである。
考えてみると迷信のような、お呪いのようなことも子供のころから身についている。
改めて「迷信」と題して書こうと思うが・・・・・。
さて、
子供のころ、臍のゴマが気になって臍を弄ってそのゴマを取り出そうと奮闘した。
ゴマは取れた。そしたらそのゴマはどんな味してるんだろうかと口にした。しかし無味だったが
臍にあったときからの妙な異臭が突き刺さってくる。兎に角、臍のゴマというものは無味異臭を
放つものだと学習した。しばらくするとお腹が痛くなるまえに臍が赤く腫れて痛くなった。
父親に、これこれこうで臍が痛いと云ったら
                       (当時隣接していた畑の下水が溜まる溝(どぶ)があった)
溝の周りを3回塩を撒いて回ってこい!と云われ仕方なく回った。
しばらくすると不思議と治ったのである。子供のころのほんの思い出の一つである。
というのも先日の仏間での御祈祷の話。
その方が久しぶりにご先祖のお墓参りをした後、夜も眠れず体調が思わしくないという。
知り合いの勧めで御祈祷に縋った訳である。
いつものことだが、30分近くの御祈祷と先祖供養をし終わって一段落すると変化が現れる。
少しは明るくなっていたが顔が強張っている。数日後、またお願いされ、40分ほど全身全霊を
込め、御祈祷を施した。祈祷中、すすり泣く声と零れる涙をふく様が伝わってきた。
前回とは数段上の容態が見え一安心。だが、まだ治まっておらず、3度目の祈祷になった。
本人の覚悟が伝わってくるのを感じた。
一応これで区切りますと断言。本人の明るみが見えたからである。
翌日、見違えるほど陽気に明るく振舞って仕事にも精を出せるようになったようである。
御祈祷にも通ずる「即効性と副作用」。確かに御祈祷してすぐに良くなったという方がいる。
しかし、すべてがそうではない。縋るなにかを持たなければならない。それが副作用という
ものであると私は思う。
その方に縋ってやってきた見えない方。思いを本人に馳せるためにきたことを感得し、丁寧に
お返ししなければならない。私にとってはこれが副作用である。
副作用があるから即効性を感じ、即効性に縋るから副作用を覚えるのである。
どちらも大切なのである。即効性に甘えてはならない。副作用に怯えてはならない。

我々もそこを踏まえて布教伝道せねばなるまい。
一過性の事象だからといって軽々しく行ってはならない。
正々堂々と諭さなければならない。私にとってはそれが御祈祷である。
続コロナ禍のなかの摂理
先月のお話は、信心でした。
今月は「摂理」と題してお話させていただきます。
摂理とは、 《自然界を支配している法則》とある。

北海道新聞の朝刊に読者の声が掲載されている。
毎日目を通すのが日課となっているがそれぞれに世情を捉えていて同音に値する。
後志管内にお住いの主婦の投稿である。
 NPO法人代表の湯浅一郎さんが「科学技術の発展を背景に無制限に開発を進め
 てきた現代文明こそが、コロナ禍を招いた」
 「コロナ禍は、生物多様性を急激に減少させてきた現代文明んに対する自然からの
 警告」との指摘をされている」
 主婦曰く「経済活動も大事ですが、自然を破壊し多くの生物の居場所を無くすことが
 地球の生態系を狂わせ、人間にとっても大きな災いになっていると思う」「人間は
 今一度、浪費型の文明を見直し自然との共生の必要性を再認識するべきたと思う」
 結びに、「一向に収束しないコロナ禍は自然に対する人間の傲慢さを教えてくれて
 いるのかもしれない」と・・。

便利の中の不便。あまりにも便利にどっぷり浸かってしまった現実を見つめ直さなけ
ればならない。法則に則っり、自らが考え行動を起こそうでないか。

「覚知(かくち)に交わるは、証則(しょうそく)にあらず」 と宗祖道元禅師様は仰っている。
意識したのもに本物はないと私は理解している。