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ちおん和尚

Author:ちおん和尚
千葉県智恩寺から、今月のお話をお届けします。
あなたとのつながり、縁を大切にしたい。
ひとりじゃないこの世。大切にしたいあなたと
わたしのつながり・・。

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ブログ 智恩寺
あるがまま。その一瞬に感動を!
お盆のこころ
今年もここ函館はお盆がやってきました。
私は、お盆の心を別の角度からみると「先祖と私の罪滅ぼし」にあると思います。
すなわち、我が子、我が家可愛さのあまり不本意ながらも、時に餓鬼のような
欲に走り、人さまに迷惑をかけたかもしれない先祖の「成仏」がはたせるために
そしてまた、今生きる私自身の中に潜む餓鬼のこころを追い払って、先祖と私が
共に等しく「成仏」できるようにと営まれる行事がお盆であります。
いわば両者の「罪滅ぼし」の行であるわけです。
さて、それでは両者が共に餓鬼道から救われてができるためにはどうしたら
良いのでしょうか。
それには少しでも多くの人々に物心両面での「施し」をすることです。
だからお盆には親戚縁者はもちろんの事、有縁無縁、生者亡者を問わずに
いわゆる「供養」が盛大に行われるわけです。
たとえば、無縁者の霊を呼ぶために、施餓鬼棚を玄関先に設けたり、我が家の
先祖の位牌と共に、三界萬霊の位牌を祀って供養をし、あるいは川の魚や山の
動物たちにも食べ物を施すなどの風習が伝えられているのもこのことからです。
要するに自分だけ、身内だけを可愛がり、我が家の先祖供養だけに留まって
いたのでは、本当の救いは得られないということです。
自他共に幸せになることを願い、自他同時に救われる歩むというのが
お盆のこころです。
良きご供養をお願いいたします。
樹木葬
先月好意にしていた方の初命日と納骨法要を町田市某浄苑で勤めました。
函館にはないが『樹木葬』をさせて戴きました。
以前、千葉の某寺の樹木葬場を見学させていただいたがここまで
進んでいるとは夢にまでも思いませんでした。
樹木葬でも色んなパタ-ンを揃えています・・・・。
命名が揮っていて  昴、桜の里「陽だまりの詩」「葉音」、詩桜里、縁の庭「凛」、
樹木型墓地「花」、桜葬「あやね」、樹林墓地「桜葬」・・・・・・・。
ここまでくると固定概念が悉く崩れてしまいます。
古来からの墓石が遠く見えてしまいました。そこには永代供養も付加されていて
”後継ぎ不要””管理費不要”さらには”ペットと一緒も可”とまでパンフレットにあります。

ともあれ、故人も納得した上での樹木葬。墓地墓苑の公園化は知る所でしたが、
このような環境にも死後にも安らぎを提供しているようで新鮮に映りました。
納骨後の点心(供養膳)では故人の生前の死生観や思い出話に花が咲きました。

母の昇天ではないけれども、少し前まで階下で闘病していたのに今は最上階での
お別れの儀式が行われていました。階から観ると遠く潮風と波の音が聞こえるような
背景に先程まで闘病していた母の姿が安らぎに変わっていました。

葬送の自由とはいいますが、全身全霊に心地よい風が誘うそんなエンディングが
求められているようです。
と同時に橋渡し役である、私たち僧侶の立ち位置をもう一度考えなくてはと改めて
思いました。

母の他界
先月5日、数え年89歳で母が昇天した。
四苦八苦とは仏教で教えるところだが、特に「老」に深く心を揺さぶられた。

父が交通事故で入院して一時期の保育園運営への心労に萎えていたこと
自律神経失調症という病を40代から付き纏い、必死に闘病していたこと
ちょっと調子がいいと言ってついつい畑仕事に精を出してしまい床に臥せっていたこと
苦痛だった病院通い
父に言われ、本堂裏の位牌堂で必死に坐禅に取り組み、徐々に回復していったこと
年に数回私たちの帰省を心から楽しみにしていたこと
元来、エレベーターや船が持病の精で乗れないこと
青函トンネルが開通して函館にこれたこと
初めての雪景色そして雪かきをしてくれたこと
何といっても私が仕事の折り合いがつかず悩まなければならない事態に陥った時
そっとなにも言わずただいてくれたこと  そこに母が留守を守っていてくれたこと

そしてその時が来た。
私達夫婦の帰りを待ってくれてその8時間後に眼を落した。
「老いる」 世は無常である
人間、衰弱し この身ごと枯れていく・・・・。 苦からの解放だった。 
89年の集大成である。
「昇天した」と冒頭表現したが、病院の霊安室が最上階13階の海辺の見える景色の
いい処であった。
まさしく「天に昇る」が如く、母を送ることができた。
父、兄と3人で枕経が行われた。

戒名 保福庵一苑明孝禅尼 と父、兄の承諾を得て号した。

供養のバトンタッチ
 「お寺さん!法事も私達夫婦だけでやりますから♫」
「子供らは東京に住んでいて法事にこれないといってますから♬」
「私達の葬式代は今から用意していて子供たちに迷惑を掛けないように
 してます(^^♪」
「子供たちはこれからの供養なんてできないと思いますから」

お檀家さんからの一部の声にこれからの仏事の在り方を問われ試されている
月参りも徐々に減りつつあることやほんの一部には妻(夫)の法事さえしない
家庭がでてきたのである。
そして深刻なことに昨年からお墓の魂抜き、所謂「墓仕舞」の依頼が数軒あり、
家事情からか仏壇の魂抜きと永代供養を推奨せざるを得ない状況が現実化している。

私は供養が失速していると感じている。一僧侶として大問題なのである。
初心に戻って最近、法事や通夜の説教にこれらを紹介することが多くなった。
毎日の月参りでは、永代供養の意味やなぜ自分(親世代)だけで仏事を済ませて
しまうのかを敢えて説いている。相談も多くなった。
子供の都合に合わせるとか、家族が久しぶりに会った時やなにかの会話のときに
まずはご自身の死生観(私の葬儀は)を話し合いましょう⤴ 費用(お布施)も若干
子供さんに負担させましょう⤴ 
供養するということは供養されることをお忘れなくお願いしますね。そういう場所が
法事ですから 葬式ですから・・・」

私はそれを『供養のバトンタッチ』だと思っている。
バトンを落とさずしっかりと渡しすのが私たちの使命であると。
何の根拠もないが・・・
それを人は迷信とか 俗信とか云う。
でも信仰であると思う。迷う中にも信じている。俗にある信心である。
私は無宗教だという人がいる。ちゃんとした『無宗教』という宗教である。

「北枕にして寝ると縁起が悪い」
地域によっては、
「死者が呼ぶので同年齢の人のお葬式には出てはいけない」という俗信も
ある。死者は一人で逝くのは寂しいので友達を道連れにするというところから
同年齢の訃報を聞いた時には、小豆や黒豆入りの餅を耳に当て、聞かなかった
ことにするという「耳ふさぎ」の風習もあるという。

親からの伝承したものだが、
「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」
「夜口笛を吹くと魔物を呼び起こす」
「ミミズにおしっこをかけるとちんちんが曲がる」
その対策としてかけてしまったら、ミミズに水をかけて謝る。
「へそを悪戯に傷つけてしまって腫れあがったら、下水路の出口を3回廻る」

傷口を直す効能としても教わった。もし刃物で手足を傷つけてしまったり、釘を
誤って踏んで足などに刺して負傷したら
「ソテツの葉っぱを焼いてご飯を混ぜ練って患部に塗ると治る」

まだまだ教えられたことがあったが忘れてしまった。いつかまた聞こうと思う。
世の中、理屈では解明できない何かを戴いている。なにも根拠はないようだが。